復興について思うこと

大震災から一ヶ月が経った。
あれから、なかなか「普通の」仕事に手がつかなくなった。

その間、過去の災害や復興のことを調べたりもした。
そして気づいたのが、集落が壊滅的な被害を受けても人はそこに住み続ける、ということである。
もちろん戦前(明治や昭和の三陸津波の際)にも集団移住や分散移住などをしていたようであるが、
ふるさとを離れることはあまりなかったようだ。しかも、漁村や地の利により発展した町については
移転することもなく、被災したまさにその地に町を再建している。もちろん経済的な問題が大きい
のだろうが、それだけでない気もする。

いま、ニュースをみても、ふるさとに住み続けたいという想い、生まれ育った場所からは
簡単には離れられないという想いを強く感じる。年齢が上がるほどその気持ちは強そうだ。
そういう意味で、原発問題で故郷から無理矢理引き離された人たちのことを思うと心が痛い。

この、「住み続けたい」という想いと、まちの復興のあり方は、どう関係づけられるべきなのか、
じっくり考え続けたい。
  
  
震災後、いろんな方がいろんな意見や提言を出された。百花繚乱の体をなしている。
エコタウンとか、高台に住むとか、堤防の上にまちをつくるとか、いろいろ出ている。
が、防災面だけに特化した人間不在の復興計画や、一次産業の復興を切り捨てた新産業重視の
復興計画はごめんである。

まちをどう再建するかということは、人の生業・暮らし、雇用をどう再建するかということだ。
漁民と農民と、商人、製造業者、サービス業者はそれぞれ住み方も暮らし方も違う。
漁業の復興の仕方、塩害の克服と新しい農業のあり方(ポスト稲作)をはじめ、第1次産業を
ベースに、加工や、商・工業、サービス業をいかに連続的に構築するか、考えなくてはいけない。
いずれにせよ、長期に渡る巨額な支援が必要である。それは惜しむべきではない。
僕のアイディアとしては、特に壊滅的な被害を受けて、民間資金ではどうにもまわりそうにない
ところは、国の補助で半民半公会社を立ち上げ、漁業や農業を大規模会社化し、
外部から人を入れて経営の補助をしながら、被災地に金銭的な支援を大規模かつ集約的に行う。
そうすると支援の手続きを簡便化できるし、経営の補助も出来る。地方銀行だけに任せるのは酷だ。
その後、運営が軌道に乗ったら、会社を完全民営化したり、個人に分社化する。特に漁業、農業。
被害状況によっては、はじめから民営化でもできるだろうし、製造業やサービス業ははじめから
民間でなんとかできるだろう。
 
 
また、まちの復興には、震災前のその「まち」らしさを残す(つくりだす)ことと、
これらの生業のシステムとしての効率化を図ることと、防災の安全性と、
いろんな課題が出てくる。なかなか一つの解では溶けないだろう。矛盾もしよう。
そのときに、どういうバランス感覚(センス)をもって、意志決定が出来るか。
なかなか難しいだろうと想像する。

そのときに、住民の生活文化・風土に対する無理解がないことを願うし、
長期的、大局的、広域的な視野に立ったうえでの判断であることを願う。
一刻も早い復興が必要ではあるが、じっくりと、熟慮の上での復興であってほしい。

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