思想と技術

エンジニア・スクールにいる以上、技術の話はさけて通れない。

空間論は空間の計画・設計と裏表の状態で議論されるべきだが、
空間の計画・設計の現場に大きな変化がない状態が続いているし、建築の空間論は哲学の空間論や心理学を引き込みながら育ってきたが、最近は停滞している印象だ。一方、情報と空間の話はあり、まあ計画論にはなる。

景観の場合、計画になると制度やマネジメント、生態の話が大きくなるし、設計になると敷地を対象としたランドスケープの話になる。後者や生態の話は造園。生態を除くと前者は、現場のロジックが大きく、論になりにくい。
では土木景観の計画論はどう展開すべきか。求められている技術は何か、という問いがある。
当然計画対象ごとにはそれぞれある。橋には構造デザイン、川には河川工学/生態など。
しかし、都市景観をいかに扱うか? これが難しい。これについても、
実践の場で「使える」技術、というものを生み出していかないといけないわけで。

ベルク氏や木岡氏の論はある程度理解しているつもりだが、たとえば、風土学を実践論として展開しようとしたときにどのスケールから出発するのか、さらにそれを支える技術はなにか、という課題である。WSのファシリテーション、っていう話になるとつまらない。まあ、大きな軸として、マネージメント論や合意形成論があるのだろうとは思うが。
もう少し景観の操作論的な話(もしくはそれを支える理論)が展開できないか、という想いがある。

そこに古典的ではあるが、リンチの知覚環境論が、景観論を切り開く鍵になると僕は考えている。
(ちなみに今年度の招待論文は、このあたりのことについて書くつもりだ。)

いざ書き始めると難しい。。。。どうしようかな。。。。

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