“景観”と教育について

景観教育の目標は「景観づくりの現場において必要な,多様な視点から深く適切に判断する力を養うこと」
であると思う.さらにエンジニアリングとして求められるのが,ある目標像に対して,それを
「いかに実現するか」,その技術を養うことだ.

判断力や技術力を養うには「徹底的なフィールド」,「膨大なケースの深い理解」が必要だと最近特に強く感じる.
とにかく実際の現場を,事例を知ることだ.
景観整備の事例だけをみていてはいけない.世の中すべての現場を対象にしなければならない.

景観を評価するにあたっては,歴史・法・制度・政策・技術・経済・心理・文化など,都市空間に関する
広く深い視座と,それを統合して考える思考力を身につけることが必要だ.
景観の専門性とは,結局そういった幅広い専門性のことを指すのではないか.
逆に言えば,今の段階では,”景観” それ自体に関する専門性などたかがしれている,
正直,そう考えるに至った.

従来の「景観教育」は「景観」ありき,景観として評価する,という視点で考えられてきた.
初期の景観工学など典型だが,”景観として”評価するとき,その他もろもろの視点は,一時的に捨象される.
しかしこれが行き過ぎると景観としての評価のみを盲信すること,一つの見方に偏重することになる.
無意識に.だから怖い.

景観としての評価を行おうとすれば,逆に,視点を狭めかねないという恐れがあるということで,
その落とし穴にはまらないようにしつつ,あらゆる専門知識を身につけることが必要だと痛切に感じている.
景観の専門家は,”景観”の専門家だけであってはいけない.真の教養人でないといけない.

今一度,どういう評価の基準を育ててきたか,どういう技術(ツール)を身につけてきたか自問する.
いかなる専門性を身につけてきたか.
教育に対する反省もせざるをえない.

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