都市遺産学と景観計画

 
昨日、土木学会100周年記念シンポジウム「土木遺産の地平」を聴講した。
http://www.jsce.or.jp/taikai2014/dobokuisan_program.html
いろいろと示唆に富む発表があったが、最も印象に残ったのが、中村良夫先生の問題提起である。

以下、その概要を示す。
中村先生は、土木遺産の概念をどう考えるか、ということについて問題提起をされた。
琵琶湖疏水であれば、その疏水単体ではなく、それがつくった南禅寺別邸及び庭園群をどう評価するか。
すなわちインフラの都市への波及、インフラがつくった遺産を、土木遺産の評価にどう結びつけるか。
さらに広くいえば、東京の小名木運河(1590年頃)によりつくられた都市域を、どう評価するか。
この場合、運河自体に歴史的なモノとしての遺産は評価できないが、運河や地割が残っている。
そして運河を中心とする産業形態も継承されている。これを土木遺産としてどう評価するか。
さらに、砂防なんて言えば、立山カルデラ砂防堰堤の下流に作られた富山平野をどう捉えるか。
以上、非常に鋭い問題提起をされた。
 
 
僕自身も、以前より、たとえば淡河川・山田川疏水の遺産群は、モノでなく、その疏水がもたらした
波及効果を加味して評価しなければならないと考えていた。
これを評価する視点は、土木遺産か、文化的景観といった評価も出来そうだ、といった具合に。
しかし、さらに広くみていくと、東京にしても京都にしても、歴史的に見て、都市内において数々の
インフラ整備が重ねられ、複合的に相互連関し合い、それが都市の骨格を形づくり、現代に引き継がれている。
もはや都市=遺産といえなくもない。

都市=遺産とすれば、結局、「モノ」としての評価とは異なる評価方法が必要になる。
加えて、「保存対象/非保存対象」と考える枠組みをもこえる必要がある。

前者については、都市史学・地理学的な視点で、複合的に都市遺産の価値を評価する必要がある。
後者については、遺産の総合的価値評価の上で、あらゆる開発の歴史遺産への配慮が求められよう。
景観という概念は、「モノ」も「都市(景域)」も扱えるという意味で汎用性がある。
「景観学」は、こうした課題を積極的に捉えて、新たな「景観計画」の枠組みの提示へと動く必要
があるのではないか。
コンペや研究で歴史を掘り下げ、それを活かした提案することは多い。
そうしたやり方が、より専門的に、かつ、スタンダードになるようにするためには、
個々の提案の積み重ねや、運動にとどまらず、より抜本的に、調査も含めた景観計画のあり方を
指し示す必要があるように思う。表層的ルールづくりや規制をこえて。

景観法の活用において、都市史学・地理学的な視点を抜きにしていたことは(それを見逃したのは)
大きなミスリードであったように感じる。
文化的景観の調査+保存計画などは、複合遺産としての都市の景観計画を考えるためには
いいリファレンスになるだろう。

今後の自分の活動は、このことをより強く意識して進めたいと思う。
 
 
・・・・・・・
2014.09.16追記
中村良夫先生から、上記問題提起に関連して、モノ中心の西欧型の文化財概念は相対化して考えるべきであることと、
「治山治水が大事であった日本では、土木史もモノ中心でなく、国土史という視点を発展させていただきたい」 
と、メッセージをいただいた(メールより転載)。
僕も、これまでやってきた都市景観の風致的側面に加えて、人為による景観形成といった構造的側面から
都市・地域を捉え直すとともに、国土史という視点での新たな歴史観をつくりあげていきたいと思います。

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