システム的思考

今年はいろいろやってみた。いろんな人と議論した。
誰が、どういう立ち位置で、どういう考えで、どう行動するか。
個人が、集団が、組織が・・・。
そういう社会のシステムが少し分かるようになったというのかな。
これは単純に、研究室を飛び出して外と交流をもったから、だろう。

さて、今年1年を振り返って、重要だと感じたのがシステム的思考を身につける、ということ。

以下は、まちづくりや都市デザイン、におけるシステム的思考について。

「社会システム・デザイン」というアプローチを訴える人がいる(横山禎徳さんとか)。
それは、「組織であれ、社会システムであれ、オペレーティング・システムがあって初めて
機能する」というスタンスのものである。システムはエンジニアリングできるし、デザインできる、
というわけである。
魅力的な都市づくりは空間デザインだけでは絶対に解決できない。
「社会システム・デザイン」のアプローチが必ず必要だ。これは、現象をそのままではなく、
課題としてとらえなおすということで中核課題を見つける。そして、悪循環を良循環にすることを
目指す。良循環は今存在していないから、動態的状況下でそれを駆動するエンジンが必要で、
駆動するエンジンとしてサブシステムを3つぐらいは拾い出して(横山禎徳さん曰く)、
走るための機構を考える。
こういうシステムをちゃんとデザインする、システム・デザイナーとしての職能が、経営や
まちづくりには問われる。

では、空間づくりはどう考えるか。
大きく言えば、全体の関係性の中でのその場所の機能を果たせばよいということだと思うが、
都市空間は一義的に決まるわけではない。セミラティスに決まる。
しかも、デザイナーが意図しない部分でかなりの部分が決まったりする。
すぐれたデザイナーは、それをどういうセミラティスの構造で成り立たせるか、
無意識的かもしれないがシミュレーションしながら、形を落としていく。
その文法自身はあまり言語化されていない。
事例を読むときには「関係的(コンテクスチュアル)」な構造の読み解きが必要。
実はこの文法、作法、組み合わせの妙こそ重要なのではないかと思ったりする。
つまり空間デザインをシステム・デザインとして捉える考え方だ。
パタン・ランゲージが辞書とすると、文法書のようなものが必要だ。
日本の個人景・社会景の良好な事例から、パタンの抽出と、そのセミラティスの
システム構造の読み取りをやる→法則を文法化する、ということは今後やるべき
テーマだと僕自身は思っている。

関係性をみるなかで重要なのがバランス感覚。なのかなと思う。
美しさ、快適さ、コスト、場所の感覚、環境、コミュニティの活発さ、歴史性などなど。。。
そしてそれらをうまく構造化することの出来る強さ&うまさ。
コンセプチュアルな強さを求める建築とは少し違う。

本当は大学(院)の教育では、こういうシステム的思考を身につけさせるべきなんだよな。
現場で求められているのはこういう「知」で、勉強だけが出来るガリ勉君は歯車になる?か。
そういう意味でも、チームでプロジェクトとかコンペとかがんがんやるべきなんだろうな。やっぱ。
 

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