カテゴリー: つぶやき

集約型都市づくりのもう一方で

今日たまたまみたNHKで縮退都市とその政策を取り上げていた。 1人あたりのインフラ維持費の莫大な郊外は、なるべく撤退の方向で考える、 という考え方は合理的で理に適ってはいる。都市の集約化と縮退は必要。 なかでも公共投資を中心市街地に集約するというプラスの考え方は事業ベース、 補助金ベースの話なので、まあそんなに難しくはない。 難しいのは、既に市街地化して“しまった”ところをどうたたむか、その誘導 ...

学生時代に培ってほしいこと

学生時代に培ってほしいこと 論理的な思考法と表現方法、と、 多様な視点の相対化と俯瞰的な視野。 特に後者は、学生時代の間に、学問を通じて獲得してほしい。 社会に出ると学問に没頭する機会はまずなくなります。現場オリエンテッドになり、それはもちろんプロフェッショナルとして生きて行くために必要となります。 社会に出る前の学生時代にこそ、学問の膨大な蓄積のなかの知見を吸収することで、ある種の俯瞰的視野や専...

オーラルの編集という手法

Binセミナー17 での議論ののち、ご講演された中村さん(ウィスコンシン大)や羽藤先生、 松村先生(大阪大)とやりとりしていて、計画のための調査のあり方についていろいろ考えている。 中村さんが参加しているプロジェクトは、オーラルヒストリー調査として、フィジカルな環境の意味の読み取りというのを契機として、生活総体を把握するような多角的な聞き取りをひたすら行うという大変興味深い報告だった。ディスカッシ...

まちづくり×クリエイティビティ

「デザイン」っていうと,そこに新しいコンセプトや,形態上の斬新さ, クリエイティビティを,その内に含んでいる. 都市デザイン,もしかり. アーバンデザインは,田園都市以降,ニューアーバニズムにしろ,アーバンビレッジにしろ 少しずつ形を変えながらも新しさを求めているようにみえるし, 「アワニー原則(1991)」などは(その発表された当時特に)新しい考え方で満ちていて、 とてもクリエイティブな仕事だと...

“景観”と教育について

景観教育の目標は「景観づくりの現場において必要な,多様な視点から深く適切に判断する力を養うこと」 であると思う.さらにエンジニアリングとして求められるのが,ある目標像に対して,それを 「いかに実現するか」,その技術を養うことだ. 判断力や技術力を養うには「徹底的なフィールド」,「膨大なケースの深い理解」が必要だと最近特に強く感じる. とにかく実際の現場を,事例を知ることだ. 景観整備の事例だけをみ...

気づいた

ルール地方の都市構造はまさに「間にある都市」である. 工場や郊外住宅地の間に多くの分散した緑地が広がっている. 単なる緑を,公園化し,魅力的な空間へと転換するとともに, これをネットワーク化し,インフラを再利用することで,地域=「景観公園」として, 緑地の地域資源性を格段に向上させた. この考え方を日本でどう適応させるか,いろいろ考えていたが,一つのアプローチの可能性に気づいた. それは郊外の住宅...

リ・スタート

ベルリン、ポツダム、鉄の町やら国境やら、コトブス、ドレスデン、デッサウ、 そしてその間の数多くの集落をめぐっていますが、考えることと刺激とが大きすぎて すぐには整理できそうにありません。調べるべきこともたくさんあります。 縮小都市問題 都市の産業転換 都市のコンテクスト 歴史遺産、産業遺産の活用 環境再生 アイディア・オリエンテッドスキーム よく耳にする概念もどこまで実体を知っているか、想像してい...

世界のプロジェクト その1

修士の時にインターンで短期滞在していた町、バーゼル。 そのバーゼルの中心市街地を対象にした都市再生のコンペがあったようです。 勝ったのは OKRA LANDSCHAPSARCHITECTEN, MAXWAN, BASLER &HOFMANN のチーム。 http://europaconcorsi.com/projects/175373-Concept-design-for-the-Base...

彩り

人と人が関わり合って、支え合うような生き方を、醸成するような場づくり。 これって、まちづくりにおいて、最も上位のコンセプトだと思う。 公共空間のデザインといっても、ちょっときれいな空間をただつくる ことにどれくらいの意味があるのか。 それが人々の誇りになったり、「日常に彩りを加える」ものにしていかなければ。 学校、仕事、余暇、結婚、老後の日常のなかに空間が生きられる必要がある。 人々の日常と一体と...

地方都市

映画「サウダージ」を観た。 疲弊した地方都市で生きる若者達の行き場のない閉塞感。 「この街ももう終わりだな」 生気を失った繁華街。人が街をつくり,街が人をつくる。 じわじわと自分たちを追い詰めていく「何か」。 鬱屈した生活からの現実逃避、という現実。 どうしようもない。 でも、明るいのである。 諦めじゃない。無為なのだ。   これをどう見るか。 人によって分かれると思う。     僕は、自分の地元...